お姉ちゃんはイラストレーター

僕の姉はイラストレーターだ。

姉は小さい時から色彩感覚に優れ、絵を描く事が大好きだった。(当時、絵を描くのは僕も好きだったが、描写の能力、色の付け方の繊細さは全然敵わなかった。)
その姉が10年以上前、絵を描く事、塗る事を生業にするようになってから、それまで以上に世の中の流行を研究するようになっていた。

先日、姉と食事をしながら話していたら、こんなことを言っていた。

「ちょっと前までは、世の中のニーズを追ってきて、試行錯誤を繰り返し大変な思いをしてきたけど、ある時吹っ切れて、自分の好きな事だけをやるようにしたら急に人に認められるようになった。」

それを聞いて、同じものつくりとして僕もすごく勇気付けられたし、なにより姉のひとつの成功が嬉しかった。

僕は何かを生み出す者として、自分の本当にやりたい事を突き詰めるのは何より大事な事だと思っているし、それを続ける事で夢は絶対叶うと信じている。
こう考えれば、姉が自分のやりたい事をして世の中に認められたのは、やはり僕の考えはあっていると感じられたから嬉しかった、とも言える。

それもある。だけど、それ以上に、10年以上も前、姉がイラストレーター(塗りの仕事)として働き始めた頃から言っていた

「本当はね、自分の好きな絵を描く事を仕事にしたいんだ。」

その姉の夢が叶った事が、やはり自分の事のように嬉しいのだ。

応援している人がいて、その人が何かを成し遂げた時、それは自分の事、またはそれ以上に嬉しかったりする。

それは自分の夢が叶ったのと同じ事だ。

何かを見つけ、得ようとするその瞬間、人の表情はパッと明るくなる。

それはまるで宝石の原石を磨いていったら、宝石質に辿り着いて、美しい輝きを放つ感じに似ている(削った事ないけど、そんな気がする。笑)。

少し前、小さな事だが、僕もある事を成して、嬉しくて人に伝えたら自分の事のように涙を流して喜んでくれた人がいた。

自分もその喜びを感じられることが嬉しい。

想いを共有する人の喜びは自分の喜び。

そう感じられる事が嬉しい。

生きていると感じるのです。